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2012年6月25日

親として、人間として、考えさせられたできごと

 あと1週間で6月が終わり、同時に1年の半分も終わろうとしています。時間の経過の早さに驚きながら、残りあと半分をいかに有意義な日々にするか、あらためて身の引き締まる思いの今日このごろです。

 そうした中、先週、富山大学病院で脳死判定を受けた6歳未満の男児による臓器移植が大きな話題になりました。報道によれば、低酸素性脳症で入院していた男児について、7日、重篤な脳障害を起こしていることが医師から両親に告げられ、その際に両親が臓器提供を申し出たとのこと。その後、10日に男児は脳死と判定され、ご家族の総意として臓器の提供を承諾。心臓は10歳未満の女児に、肝臓は10歳未満の肝不全の女児に、両方の腎臓は60代女性に、そして両眼の角膜もそれぞれ2人の人に移植されたそうです。

 このニュースにふれ、私も人の子の親として、男児のご両親の決断に至る葛藤を思うと、胸を締めつけられる心地がしました。「人様のお役に立ち、誰かの身体の一部となって生き続けることを願う。このようなことを成し遂げる息子を誇りに思います」とご両親は述べておられましたが、6歳といえば可愛い盛り。脳死と判定されたとはいえ、肌にふれればまだぬくもりが伝わる愛児を前に、体の一部でも生き続けて欲しいと願う切なる思いのなせる技の凄さと、悲しみを希望に変えて病に苦しむ人を救いたいという尊い意志に、ただただ胸を打たれるばかりです。もしも自分が同じ立場になったとしたら、果たしてこのような決断ができるだろうか。多くの人が自問自答したであろうこの問いかけを、私も何度も繰り返した印象深いできごとでした。

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